朝のうちにあなたの種を蒔け

Ecclesiastes 11:6

SUN MON TUE WED THU FRI SAT
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プロフィール

Author:老松望
KGK(キリスト者学生会) 関西地区(2011-2014年度) 東北地区(2015年度-) 主事

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79全国集会に向けて(「週刊キリスト者」第646号1978.7.9.)
「全国集会への期待
M. H.

 五年前にちょうどKGK創立二十五年を数えた頃、久し振りで全国集会が開かれた。これは「全国集会」と名づけられる第二回のものであったが、当時の情勢ではあまり過去の脈絡をたどる意識もなく、これを開くこと自体で精一杯だった。ましてや第三回以後の継続などを考えるゆとりはなかったと言ってよかろう。しかし予期以上であったかどうかはともかく、非常に充実した、いわば成功を収めたこともあって、引き続き三年後の全国集会が計画された。この頃からKGKの全体的な成長が進みはじめたことと相俟って、これも大きな祝福を受けて終わり、以後三年毎の開催が定着しようとしている。来春予定されているのは、第四回にあたる。
 学生運動の泣き所は、メンバーが絶えず入れ替わることだが、反面、それだけに、人の働きでなく、神がご自身の御業を、その時代時代の学生を用いてお進めになる、というよい面をもっている。ここ数回の全国集会が三年毎に開かれることになったのは、大変合理的で、四年制大学であれば、三学年に一つは在学中これに参加するチャンスがある。彼らにはその特権と共に、全国集会のよい伝統を次代に継承する責任もまたあることを忘れてはならない。今年入学した一年生は、まさにその選びの民である。
 全国集会において卒業生の果たす役割も小さくない。開催時期や会場のこともあって、卒業生の参加を大幅に期待することは難しいが、まだまだ彼らの参与する余地があるように思う。献金とお祈りだけにとどまらず、何とか現役学生と直接ふれ合う、実際の参加者が多くなるようにと願わされる。前二回にもあったように、分科会のスピーカーなどにもどんどん招いてはどうか。
 第二回の時には、ちょうど二十五周年にあたっているから、過去の歴史を顧みることをむしろ避けるような空気があった。しかしこの五年間に一般学生の傾向も大きく変化している。いたずらな懐古趣味を望むものではないが、神の支配の下にある歴史を正しく振り返ることは大切である。全国集会が定期的に開かれるようになったこの数年間、KGKは格別な発展をとげることができた。あるいは、この全国的な活動の展開が、逆に過去二回の全国集会の成果をもたらしたと言う方が適切かもしれない。いずれにしても来たる明春の第四回全国集会には大きな期待がかけられている。
 もう一つ、次の全国集会に望みたいことはこの機会に、KGKが非常に大切に考えている、教会とのかかわり合いが一層正しく深くなることである。すでに心がけられているとは思うが、実際にはなかなかすすめられていないのである。単立教会などでは比較的理解があるが、少し大きな教団教派の場合(もちろん福音派の)、そうした面での努力を必要とするようである。
 全国集会が一つの契機となって、すべての福音主義教会の中でKGKが正しく評価され、支持され、また利用されることを願ってやまない。
〔77年度KGK理事長〕」

2002年
NC2003の準備委員会が始まった時
「全国集会は3年ごとに開催されている」
と説明を受けました

たしかに そのとおり なのですが
初めからそのペースで
開催されていたわけではありません

第一回、第二回、第三回と
会を重ねていく中で
三年毎の 開催が定着していきました

この歴史を受け継ぎつつ
今の時代にふさわしいものを見出していくことは
現役の学生たちに託された 大切な責任です



昨日と今日は
会議の中で
また自由な交わりの中で
NCについて
たくさんの意見交換をしました

まだ輪郭さえ はっきりしない状況ですが
当事者意識 問題意識を持って
考えることができたように思います

19780709週刊キリスト者0646号全国集会への期待

【関連記事】
’91 NC(「キリスト者」通巻1145号 1990.10.28.)
’91 NC(「キリスト者」通巻1147号 1990.11.25.)

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今後も学生伝道の働きが全国で安定して展開していくことができるよう、継続的なご支援をお願いいたします
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目を世界に(「週刊キリスト者」第663号1978.12.10.)
今日は
全協の学生たちと共に
関西地区の大先輩のもとを
尋ねます

学生たちには
「レジェンド」と呼ばれ
ある主事からは
「なにわのジョン・ストット」
と 言われている あの方です



私にとっては
遠い親戚のような存在ですので
ふるさとに戻る気分です



「いずこにも見られる主の御業
B. T.

 ユダヤ人たちがステパノを非難したときの口実は彼が「モーセと神とを汚す」ということであった(使六・一一)。しかし、このモーセと神はすぐ「聖所と律法」になり、律法はさらに「慣例」になった(使六・一三、一四)。神を特定の場所にとじこめ、神の民の歩みを一定の形式に縛りつけたのである。
 これに対してステパノは、神はメソポタミヤでもエジプトでも、またシナイの荒野でもご自身をあらわされたし、自分たちの立場を守り生ける御言に従う歩みをおさえつけようとする営みは、結局は、神に逆らうのになると答えた(使七章)。
 信仰の目をもってみるとき、世界中至るところで主の働きを認めることができるが、反面見せかけの敬虔を求める人間の営みが、しばしば、自由な生命をおさえつけることにも気づくこのことは、私が一年間の海外生活で経験したことでもあった。
 出発前日すでに、ウィッグ主事のお世話でロンドン郊外のコードさんのお宅でお世話になることが定まっていたが、ヒースロー空港に着いたら、飛行機が二時間も遅れてすでに深夜であったが、コードさんご一家が出迎えに来てくれていた。こうして、未知で不安に包まれていた英国生活が暖かいクリスチャンの交わりの中ではじめられることになった。これを皮切りに、主は世界のいずこにおいても豊かに恵みを注いで下さる方であることを実感をもって経験したが、その恵みは、主にある者の交わりを通して注がれるとき、特にすばらしかった。
 ヨーロッパにおける主の御業は長期間にわたるものであり、イギリスやノルウェーの社会の隅々にまで及んでいるキリスト教的影響の広さや深さは大変印象的であった。また、これらの国々の海外宣教への、日常的であってしかも積極的な姿勢には感心させられた。多くの宣教師が海外に出ているが、彼らの大部分は特別の気負いもなく淡々と出ていく。しかも生命の危機の伴うような仕事に従事することも多い。そして、政治情勢の変化や病気などで帰国を余儀なくされても、別に悲壮感をただよわせることもなく、淡々として次の奉仕の場を求め、それに献身していく。たいしたものだと思った。
 しかし、反面、キリスト教会の中に、個人主義と伝統墨守が進み、教会生活が形骸化している面も見られた。何百年もの伝統をもつ数千人収容可能な大会堂に少数の信者のみが集まる教会も多いし、教会が閉鎖され、教会堂が売りに出されているものもかなりある。このように状況は、イタリヤ、ギリシャ、小アジア、イスラエルを遡るほどひどい。主イエスの歩まれたガリラヤ、主が死んでよみがえられたエルサレムなどでは、色とりどりに飾られた各種記念会堂が満ちあふれていたが、主イエス・キリストにあって生きる信者の群れは、巡礼者を除いて、ほとんどみられなかった。海外宣教の発祥地アンテオケには教会が一つもないと聞く。それにひきかえ、長い間の未伝地、アジア、アフリカ、中南米には伝統にとらわれない若々しい教会が続々と生まれている。主は世界中いたるところで、自由に働らかれるのである。
 われらの主は世界の創造者であり、全世界の贖い主である。教会は世界大のキリストのからだである。世界の一隅で痛みはすべての教会の痛みはすべての教会の痛みであり、一つの教会の光栄はわれわれすべての喜びである。われわれは、常に、主にあって世界の諸教会と結ばれて一つであることを覚えたい。
〔大阪府立大学教授・KGK協力主事〕」

19781210週刊キリスト者0663号いずこにも見られる主の御業2

19781210週刊キリスト者0663号いずこにも見られる主の御業1


【関連記事】
海外レポート(「キリスト者」通巻1151号 1991.1.27.)

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《KGKガイダンス》・6 明日のKGK(「週刊キリスト者」 第682号 1979.5.27.)
全国協議委員会が
まだ「中央委員会」と呼ばれていた頃
北陸地区からオブザーバーとして参加していた学生が記した報告です

その意識の高さ
視野の広さに
驚かされます

「北陸地区の展望
Y.Y.

 春の中央委員会に北陸からオブザーバーとして参加し、他地区の様子をうかがったり、全国的なレベルでKGK活動を考えたりするなかで、北陸の現状とか、自分自身の地区に対する意識の低さなどを深く考えさせられました。特にKGK加盟の方法論が話しにのぼったりすると、成立地区と未成立地区の差を強く感じ、改めてその現状を思わずにはいられませんでした。九州のオブザーバーの兄弟が、『九州地区に帰っても、その報告のための場が用意されているわけでもないし、またその義務があるわけでもなく、自分の立場ってのがわからない』と言っておられましたが、未成区の地区には、組織の面において、既成立地区の方々の想像を絶するあいまいさがあると思います。しかし、これは、段階を追ってゆくなかで、しかるべき結果として問題とされ解決されてゆくことでしょうから、ここではそれ以前の問題を考えてみたいと思います。つまり北陸では、組織云々が叫ばれる基盤としての地区活動をもっともつ必要としているということです。各大学のグループも若く、またその絶対数もきわめて少ない(現在活動グループがあるのが四大学)現状を見るとき、もっともっとお互いに助け合うべきだし、また一つになって連帯してゆくべきであると思われます。夏期学校などにしても、本当にこの小さな地区で一体となって準備し、他地区にないものを創り出せるのではないかと考えています。
 次に地域教会との関係を考えてみたいと思います。これは他地区にも共通して言えることでしょうが、活動が始まって、間もない北陸ではまだまだこうした学生の働きが知られいません。昨年発足した協力会の方々の中には牧師をはじめ教会の中で中心となって働いておられる兄姉がおられるので大変明るい一面となっているのですが、なんといっても、私たち学生が、ともするとありがちな学内活動ならびに地区KGK活動を教会とは別のことと、分けて考えてしまう態度を積極的に改めていかなくはなりません。学内での伝道会、夏期学校の講師を地元の教会の牧師に求めることは大切だと思います。
 それから、学生らしい伝道、ということを考えます。キリスト者学生として学生の間で伝道してゆくとき、教会の働きにはメリットが当然あるはずなのに、活かしきれていないのではないでしょうか。同じ土俵の上で、もっと自由に福音を伝えられないものか、そんなことを個人的に感じています。
〔金沢大学二年〕」

これから20年後
私が全国協議委員になった時に
北陸地区KGKが正式に発足しました

全地区から 委員が送り出されているのは
決して当たり前ではないことを
再確認させられます

19790527週刊キリスト者0682号北陸地区の展望

【関連記事】
’91 NC(「キリスト者」通巻1147号 1990.11.25.)

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「キリスト者」十一人目
昨年の夏
33歳にしてはじめて
「取材」なるものを受けました

YLGのことを掲載したいと思っていますので」
と連絡をくださったのは
クリスチャン新聞の高橋良知さん
以前からお名前をうかがっていた東北地区の卒業生でした

今回は
その良知さんに
interviewをしてみることにしました

記者に質問をするのは
妙な感じがしますが
いくらかでも 人となりを
知ることができればと思っています

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・大学時代、何を学び、どんなことに関心を持っていましたか?

中国文学、特に古代の詩を学びました。杜甫や李白よりも千~2千年くらい前、ちょうど旧約聖書くらいの時代でした。
いろんな言葉の語源や、同じ字でも今と昔では全然意味が違っていたりすることが興味深かったです。


・就職の際に、クリスチャン新聞に選んだ理由は何ですか?

KGKや超教派の交わりを通して、違いを超えて知り合う大切さを知りました。でも忙しさや物理的なこと、違いの理解度など実際的な壁があるので、その部分の働きを支えられるメディア的な働きの必要を感じていました。
東アジア大会(EARC)など、アジアのクリスチャンの交わりも大きかったです。同じ漢字や古典を共有する文化が興味深い一方、それよりも、つい数十年前の戦争責任やナショナリズム、インターネット、物欲の影響など、現代的な課題がやはり大きく、「その方面どうにかしないと」という思いが強くなりました。
細かな経緯は長くなりますが、漢文訳の聖書や信仰書を見る機会があり、「これで信仰を学んだのが日本の教会の始まりか」と感動し、文書伝道、漢文、アジアがつながりました。
でも実際、自分が何をやりたいのか、どんな導きがあるか分からず悶々としていた時期も長く、不思議と最後の方ですべて結びついた気がします。


・働く中で、どんな喜び、悩みを覚えていますか?

プロセスでは、いろんな分野の方々との出会い、働きの進展を聞き続けられること、出来事を説明する言葉が見つかったとき。
やはりいちばんは、「読んだよ」と言っていただくときですね。
悩みは、残念ながら様々なグループ間の壁を感じてしまうときですね。
異端的なことや逸脱的な働きにも注意しないといけません


・KGKでの経験や出会いが、働きに生かされていると感じることはありますか?

数えきれぬほど。それこそKGK関係の取材は多いですし、先輩や同級生、後輩を取材、ということも多々です。
働きは流動的で振幅激しいのですが、KGKと教会で愚直に活動、奉仕、交わり、祈った経験、実際の仲間との久々の交わりなどが、自分を引き戻してくれるところもあります。


・もし、予算も人材も十分に備えられていれば、どんなことをやってみたいですか?

「メディアラボ」というのでしょうか。技術や経験、理論、人とのつながりなどを持ち寄って、自由な発想で新しいものをつくっていくようなこと。そこに聖書的なベース、確かな歴史、文化社会への認識があって、宣教や生き方にむすびつくようなもの。難しいものだけでなく、学生、子ども、ファミリー、年長者、障がいを持つ人、多国籍、いろんな背景の人がワークショップや、プロセスに気軽に参加できるような場になるといいですね。
メディアは漢字になると「媒体」。広い意味にとっていきたいです。

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学生時代の勉強や活動と
卒業後の働きが結びついていく...

それは予測できないものですが
嬉しいものです

そして
そうした人々が集まり
結び合わされていくなら...
もっと面白いことが起こるかもしれません

クリスチャン新聞も
このblogも
人と人との繋がりのために
用いられていきますように...



【関連記事】
「キリスト者」 二人目
「キリスト者」 七人目

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贈る御言葉
「このメンバーに御言葉を分かち合えるのは これで最後かも?」
と 思うと...
肩に力が入りました

卒業生(四年生)合宿の
出発礼拝

箇所選びだけでも
数日かかってしまいました

 ここと決めて 準備をし始めて
 「やっぱり違うか?」と別のところに移る
それを 何度も繰り返しました



結局
辿り着いたのは
10年前 結婚式の際に
司式の先生がくださったエマオの途上の箇所
(結婚の話は一切触れませんでしたが...)

自分自身でも
「ここで良かったんだ」と確かめながら
語りきることが出来ました




年度最後の地区でのメッセージが
卒業していく学生向け というのは
なかなかプレッシャーですが
最後の最後に 御言葉を送ることができるというのは
やっぱり ありがたいことですね

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